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千葉地方裁判所一宮支部 昭和30年(ワ)43号 判決

原告 同和鉱業株式会社

被告 株式会社小西光沢堂本店

主文

別紙〈省略〉目録記載の土地が原告の所有であることを確認する。

被告が訴外大多喜天然瓦斯株式会社に対する千葉地方裁判所一宮支部昭和三十年(ヨ)第一九号仮処分決定にもとづき千葉地方裁判所執行吏関英吉代理宮内辰蔵に委任して同年十月五日別紙〈省略〉目録記載の土地に対してした仮処分執行はこれを許さない。

訴訟費用は被告の負担とする。

本判決は第二、三項につき仮に執行することができる。

事実

第一原告の主張

原告訴訟代理人は、主文第一項ないし第三項同旨の判決ならびに第二、三項につき仮執行の宣言を求め、その請求原因として次のとおり陳述した。

一  被告は訴外大多喜天然瓦斯株式会社(現商号関東天然瓦斯開発株式会社、以下訴外大多喜という。)の所有にかかる千葉県茂原市六ツ野字高師野二七九二番の三山林八畝二二歩二六二坪)につき賃借権および占有権を有すると主張し、昭和三十年九月二十七日訴外大多喜を相手方として右賃借土地二六二坪のうち北方の部分一五〇坪につき立入禁止および工事中止の仮処分を千葉地方裁判所一宮支部に申請し、同庁同年(ヨ)第一九号事件として同年九月二十八日左のとおりの仮処分命令が発せられた。

主文

被申請人(訴外大多喜)は別紙省略目録第二の土地(前記一五〇坪の部分、略図添付)に立入り又は申請人(被告)の右土地に対する占有使用を妨害する一切の行為をしてはならない。

被申請人は右土地に対する土砂の搬入等の工事を中止し、続行してはならない。

申請人の委任する千葉地方裁判所執行吏は右命令の趣旨を公示するため適当の処置を執らなければならない。

二  しかして被告は右仮処分決定第三項の執行を千葉地方裁判所執行吏関英吉代理宮内辰蔵に委任し、右執行吏代理は同年十月五日被告代理人の指示に従つて別添〈省略〉図面第一(実測図)赤斜線部分(記号TB-TD-TC-TA-TBを順次結ぶ線内の部分)の土地を右仮処分の目的土地であると認め、この各角頂点に相当する部分(記号TC、TD等)その他要所に木杭を打ちこんで右目的土地を含む賃借土地全部)記号T16-T16′-T17′-TB-TD-TC-TA-T16を順次結ぶ線内の部分)に有刺鉄線を張り廻らした上、右仮処分の内容を記した公示札を立てた。

三  しかしながら被告において仮処分の執行をした記号TB-TD-TC-TA-TBの囲む梯形の土地(別紙〈省略〉図面赤斜線表示の土地、以下本件土地という。)は実際には原告の所有であつて、訴外大多喜所有にかかる前掲二七九二番の三山林二六二坪(仮処分の目的土地)とは全く別個の土地である。(二七九二番の三山林二六二坪は前掲実測図面中記号T16-T16′-T17-TB-TA-T16の囲む青斜線部分のみであり、被告はこの部分に工場を建築してこれを占有していたのであつて、その事実関係は別紙〈省略〉A記載のとおりである。)被告は本件土地が訴外大多喜の所有であり被告において賃借権を有すると主張して原告の所有権を否認しているから、原告は被告との間で本件土地が原告の所有であることの確認を求めるとともに、本件土地の所有権にもとづき前記仮処分執行の排除を求めるため本訴に及ぶ。

四  (原告が第三者異議訴訟を提起する利益について)

(一)  不作為を命ずる仮処分命令は債務者に対してのみ効力を有し、第三者に対しては何の効力をも生じていないものであるばかりでなく、その命令が債務者に送達されることによつて効力を生じており、それがために第三者に対しては何の執行もないのはもちろん法律上何の影響も与えていないのであるから、第三者の権利を侵害することはあり得ないとの見解(東京高等裁判所昭和三十一年十二月十九日決定、高等裁判所民事判例集第九巻第一〇号七一三頁参照)もあるが、仮処分命令が目的たる土地を明示し執行吏に公示を命じている場合、第三者として右仮処分命令の効力を受ける筈はないとて執行吏の立てた公示札を勝手に撤去したならば、この第三者の行為は執行吏の公務執行を妨害したものと認められ、刑法第九十六条に該らぬ場合でも少なくとも刑法第二百五十八条又は第二百六十一条の罪に該るものとして処罰されることになるのである。すなわち、本件において原告は前掲仮処分により、本来なら自由に使用し得べき自己の所有地に対する所有権行使を不可能とされ、あえて強行すれば犯罪行為と目されるのである。

(二)  執行吏が仮処分命令に定められた目的物を誤認し、第三者所有物件について公示処分をおこなつたのであるならば、右処分は執行方法の異議によつて排除が可能であろうが、本件のように仮処分命令自体が対象とした目的物について執行吏が忠実に公示処分した場合は執行方法自体として些かの誤りもないから執行方法の異議で排除し得ないことになる。こうした場合に不作為命令は第三者に影響なく、公示を命ずる部分は法律上無意味で何の効力もないというような形式的判断によつて執行異議訴訟の利益を奪われては、第三者が救済を求める途が全くとざされてしまう。仮処分命令において公示を命じたことが誤りであるとしても、第三者が仮処分自体を争つて公示の部分の取消を求める方法はないからである。裁判所が執行吏に対して公示を命じたからこそ(不作為を命ずる仮処分に公示を命ずることの必要性を認めた例として東京高等裁判所昭和二十七年十月三十一日判決、下級裁判所民事裁判例集第三巻第一〇号一五三五頁参照)執行吏はその命令内容の実行すなわち執行として公示処分をおこなうのである。

(三) 不作為を命ずる仮処分に公示命令が付された場合、債務者ならともかく、第三者として公示命令の部分の取消を求める方法がない(又本来その方法があるべき筈がない。)以上、命令の本来あるべき状態( sollen )を論じても何らの救済となり得ず、たとえ誤つているにせよ現実に出された命令の現状( sein )にもとづいて救済が考えられるべきである。しかして一般的にそうした本来ならあるべきでない異式の裁判がされた場合、裁判所自体(更正決定以外に)これを進んで改めることが考えられないのであるから、当事者の側としてもそれが異式であるが故に救済の手段がないということになれば深刻な問題である。このような場合民事訴訟法の趣旨からすれば現実の被害を放置することはせず、特に異式の方法をとつて救済するものと解される。その精神のあらわれとして例えば民事訴訟法第四百十一条があり、この逆の場合には控訴上告が許されることも明文こそないが通説である。この考え方で行けば本件の場合誤つた公示命令により執行なかるべきところに執行が行われる結果となつた以上、執行があり得べきときの救済方法(すなわち第三者異議訴訟等)を許すのが当然と思われる。

(四)  更にいうならば、いわゆる占有移転禁止の仮処分すら「占有を移転してはならない」という限度では単なる不作為命令であつて、これが第三者に効力を及ぼさぬことは立入禁止等と何ら異なるところはないから、これだけなら債務者への送達によつて執行そのものは完了することになる。そしてこの場合でも(これだけでは実効をおさめ得ないためその必要にもとづいて通常伴うところの)「執行吏占有及び公示」の命令は右不作為命令と独立して債務者に何か別個の命令をするものではなく、不作為命令をうけてその執行方法の一として一定の処分を執行吏に命ずるものである。すなわちこの場合「占有移転禁止」と「執行吏保管、公示」の関係は「立入禁止」と「執行吏公示」の関係と全く同様である。しかして占有移転禁止仮処分において目的物を執行吏占有とした場合に第三者の執行異議訴訟が許されることは異論をみないところであるが、これは債務者の占有を解き執行吏の占有に移す執行が第三者の権利を侵害する可能性があるとされるためであり、執行異議訴訟の利益は主たる命令内容が不作為命令か否かの点に由来するのでなく、専ら命令が如何なる執行方法を命ずるかによるのである。しかも執行吏占有の場合の対第三者拘束力は「執行吏占有」そのものよりも直接にはむしろそれを「公示」する処分によつて生ずるのであつて、物に対する具体的執行は差押、執行吏占有の場合でも、ただそれだけでは殆ど外形的に現われず、主として公示、標示によつて具体的執行として現われるのである。従つて執行吏の公示により外形的処分がされればそれだけで第三者の権利侵害の可能性が生ずるから、これをもつて具体的執行とみるべきであり、ここに執行異議訴訟の利益も生ずるとしなければならないのである。

(五)  なお、従来、債権仮差押、不動産処分禁止仮処分のように具体的執行なく広義の執行しかない場合について執行異議訴訟を認めた判例も種々あるのであつて、執行異議訴訟の対象をいわゆる狭義の執行に限るとする見解は誤りである。

第二被告の主張

被告訴訟代理人は請求棄却の判決を求め、答弁として次のとおり陳述した。

一  原告主張の請求原因事実中第一項および第二項は認めるが、本件土地が原告の所有であるとの点は否認する。(右土地は訴外大多喜の所有であり、その事実関係は別紙B記載のとおりである。)

二  本件仮処分決定は訴外大多喜に対し被告の本件土地に対する占有使用の妨害を禁止し不作為を命令したに止まるものであるから、右命令が訴外大多喜に送達されることによつてその効力を生じ、第三者たる原告に対しては何らの執行もなく、原告は法律上何らの影響も受けていないのである。命令中公示を命じた部分は法律上全く無意味のものであるから執行吏がこの命令を受けて公示札をたてたところで第三者たる原告を拘束しないことは言うを俟たないが、本件仮処分においては執行吏が公示札をたてたほか本件土地に有刺鉄線柵をめぐらしたことが紛争発生の因となつたものであり、これは執行吏が単なる不作為命令に止まる仮処分の執行方法を誤つたにすぎない。したがつて原告は執行方法の異議によつてその救済を求めるは格別、本件土地が自己の所有であるとして第三者異議の訴訟を提起する法律上の利益を有しない。

三  原告は元来第三者異議を主張して本訴を維持して来ながら昭和三十二年六月十四日の口頭弁論期日において新たに本件土地が原告の所有であることの確認を請求に追加した。しかしながら第三者異議訴訟は異議の請求にもとづき目的物に対する執行不許の宣言を求め、もつて当該執行を違法ならしめる執行法上の効果を生ぜしめんとするもので訴訟法上の異議権を訴訟物とする形成の訴であり、異議の理由たる実体上の関係は訴訟物とならないものであるから、新たに追加された実体上の所有権確認とは請求の基礎を異にし、このような訴の変更は許されるべきものでない。仮に第三者異議訴訟が実体法上の確認の訴であるとの説に従えば、これと同趣旨の通常の確認訴訟はその必要を欠くものである。

四  なお、原告は本件土地が自己の所有であると主張しながらその地番を明らかにし得ないのであるが、被告は原告の本件土地に対する所有権取消について登記の欠缺を主張する。

第三立証

原告訴訟代理人は甲第一号証の一ないし七、第二号証の一ないし七、第三号証の一ないし八、第四号証、第五号証の一ないし四、第六号証ないし第十六号証、第十七号証の一ないし六、第十八号証、第十九号証の一ないし四、第二十号証、第二十一号証、第二十二号証の一ないし三を提出し、証人富樫秀雄、今村義男、福島新作、吉野央、川上栄一、上野清正、谷口末吉の各証言ならびに検証(第一回、第二回)の結果を援用し、乙号各証の成立を認めた。

被告訴訟代理人は乙第一、第二号証、第三号証の一、二、第四号証の一、二を提出し、証人皆川政次の証言ならびに検証(第二回)の結果を援用し、甲第一号証の一ないし七、第二号証の一ないし七、第三号証の一ないし八、第十五号証、第十六号証、第十八号証、第二十号証、第二十一号証、第二十二号証の一ないし三の各成立、甲第四号証、第十四号証の各原本の存在および成立、甲第十三号証茂原市役所建設課の証明部分の成立、甲第十七号証の一ないし六、第十九号証の一ないし四が本件現場の写真であることはいずれも認めるが甲第十四号証のその余の部分ならびにその余の甲号各証は知らない、甲第十六号証を利益に援用すると述べた。

理由

一  茂原市六ツ野字高師野二七九二番の三山林八畝二二歩が訴外大多喜天然瓦斯株式会社の所有であること、被告が右土地につき賃借権および占有権を有すると主張し、昭和三十年九月二十七日訴外大多喜を相手方として右土地のうち北方の部分一五〇坪につき立入禁止および工事中止の仮処分を千葉地方裁判所一宮支部に申請し、同庁同年(ヨ)第一九号事件として同年九月二十八日原告主張のとおりの仮処分命令が発せられたこと、被告が右仮処分命令中公示を命じた部分の執行を千葉地方裁判所執行吏関英吉代理宮内辰蔵に委任し、同執行吏代理において同年十月五日別添〈省略〉図面第一(実測図)の斜線部分(記号TB-TD-TC-TA-TBを順次結ぶ線内の部分)の土地(本件土地)を右仮処分の目的土地であると認め、この各角項点に相当する部分(記号TC、TD等)その他要所に木杭を打ちこんで有刺鉄線を張り廻らし、右仮処分の内容を記した公示札を立てたこと、および被告が別紙〈省略〉第一図面中T16-T16′-T17-TB-TA-T16の囲む部分(青斜線部分)に工場を建築所有してこの部分を現に占有していることはいずれも当事者間に争いがない。

二  しかして、成立に争いのない甲第一、第二号証の各一ないし七(いずれも土地登記簿謄本)、第三号証の一ないし八(いずれも土地登記簿抄本)、原本の存在ならびに成立に争いのない甲第四号証(千葉地方法務局茂原出張所保管の公図写)および第十四号証(茂原市役所保管の土地台帳写)、証人吉野央の証言により真正に成立したものと認める甲第五号証の一、二(同証人が経緯距測量により昭和三十年十月十七日測量した実測図、別紙〈省略〉第一図面と同一のもの)、検証(第一回、第二回)の結果、証人吉野央、今村義男、福島新作の各証言ならびに本件口頭弁論の全趣旨を綜合すると、本件土地とその周辺の土地の状況は別紙〈省略〉第一図面のとおりであり、千葉地方法務局茂原出張所保管の公図には本件土地およびその周辺の土地の関係位置が別紙〈省略〉第二図面のとおり表示されていること、本件土地周辺の土地のうち大蔵省、訴外大多喜および原告の各土地所有関係、訴外大多喜および原告所有の各土地につき従前の所有者富樫秀雄、長池暢夫および茂原市の三者から現所有者への各所有権移転の経過が原告主張のとおりであること、訴外大多喜所有の二七九三番の四山林三畝六歩、二七九六番の一九山林二畝歩、二七九七番の四山林三畝六歩、二七九五番の四山林二一歩(いずれも後記鉄道引込線の敷地)はそれぞれ登記簿上昭和二十九年十月四日原告所有の二七九三番の一、二七九六番の二、二七九七番の一、二七九五番の二の各土地から分筆の上(二七九三番の一からは同番の四とともに同番の五を分筆)同日原告から訴外大多喜へ所有権移転の登記がされているが、右は原告、訴外大多喜および従前の所有者等の合意により登記手続の便宜上そのような方法によつたものであること、訴外大多喜所有のこれらの土地ならびに二七九二番の三山林八畝二二歩および二七九二番の四山林三反二畝二七歩は訴外大多喜が鉄道引込線建設の目的をもつて昭和二十五年七月頃それぞれ従前の所有者から買い受け、その頃別紙〈省略〉第一図面表示のとおり鉄道引込線を建設したが、二七九二番の四および同番の三の土地のうち引込線の敷地とならない部分は空地のまま放置しておいたところ、昭和二十七年頃被告会社が工場建設の目的をもつてその一部の賃借を申し入れてきたので、取りあえず二七九二番の土地を被告会社に使用させることとし、被告会社は昭和二十八年中に別紙〈省略〉第一図面青斜線部分に工場を建設してこれを使用し始めたことと、をそれぞれ認めることができる。

三  冒頭掲記のとおり被告が現に占有する部分の土地が訴外大多喜所有の二七九二番の三山林八畝二二歩であることは当事者間に争いがないが、原告は右被告の占有部分が二七九二番の三の土地の全部であると主張するのに対し、被告は右被告の占有する部分とその北方に接続する本件土地とを合せたものが二七九二番の二山林八畝二二歩であると主張する(原告は本件土地が原告の所有に属する土地の一部であると主張する)のでこの点について検討するに、前段認定の諸事実に前掲甲第四号証、第五号証の一、証人今村義男の証言により真正に成立したものと認める甲第六号証ないし第十一号証、証人川上栄一の証言により真正に成立したものと認める甲第十二号証、方式ならびに趣旨により真正に成立したものと認める甲第十三号証、証人富樫秀雄、今村義男、福島新作、川上栄一の各証言および検証(第一回、第二回)の結果を総合すると、

(一)  本件土地およびその周辺の土地につき原告および訴外大多喜がそれぞれ所有権を取得する以前の土地所有関係は別紙〈省略〉Aの附図第一表示のとおりであり、茂原市所有の二七九八番の一および富樫秀雄所有の二七九三番の一(分筆後の二七九三番の四、同番の五を含む)と長池暢夫所有の二七九二番の一、同番の三および同番の四の一団の土地とがほぼ一直線状をもつて相接していたものであつて(以下この直線を「境界線」という。)、この「境界線」は二七九二番の三の土地を囲む一辺ともなること(換言すると、二七九二番の三の土地は「境界線」の南方に存在すること)、

(二)  この境界線と国鉄房総東線の敷地(大蔵省所有の土地)との中間のほぼ菱形の土地においては、訴外大多喜所有の二七九八番の三、二七九七番の四、二七九六番の一九、二七九五番の四、二七九三番の四の五筆を除くとすべて原告所有の土地であること(訴外大多喜所有の右五筆の土地は本来国鉄線からの鉄道引込線敷地として購入された土地であるために国鉄線敷地から分岐してこれとほぼ同じ幅の帯状をなしているのであつて、結局国鉄線敷地と「境界線」との中間においては訴外大多喜の鉄道引込線敷地以外はすべて原告の所有となる。)

(三)  従前富樫秀雄所有名義であつた土地は昭和八年頃中山某から千葉県立茂原農業学校に寄付され、当時同校の校長兼校友会長であつた富樫秀雄の名義をもつて所有権取得登記がされたものであり、右土地の西方に接続する二七九八番の一(その頃千葉県が中山から買収して県有地となり、その後茂原市に委譲された。)はその以前より右学校が中山から借り受けて実習地として使用していたものであつて、前記寄付を受けた土地をこれと合わせて使用するにつき二七九八番の一の土地より約六、七尺低くなつていた前記土地との高低差をなくすため前記土地のうち現在訴外大多喜所有の二七九二番の三の土地(現に被告が占有中の土地)の北方に接する部分に深さ約三米の池を堀り、堀り上げた土をその周辺に盛つて二七九八番の一の土地とほぼ同一水準に直したものであること、

(四)  前記の池は被告が二七九二番の三の土地の占有使用を開始する当時も別紙〈省略〉第一図面TA-TBの線から北方に存在し、右の線が池の岸となり、TA-TB線から北方に約三十度の傾斜をもつて池に接続していたが、後記のとおり原告の工場建設に伴う整地により池が埋められるに至つたこと、右二七九二番の三の土地は被告が占有使用を開始する当時松林であり、その東側に接する同番の四の土地は茂原農業学校の果樹園となり両地の境界(別紙〈省略〉第一図面TB-T16′の線)にはコンクリートの柱と鉄柵が設けられていたこと、

(五)  昭和六年当時二七九二番の一と二七九八番の一の「境界線」上には茶の木が植えられてあり(その西端は別紙〈省略〉第一図面T6の点であつて「境界線」の位置はTA-T6の線に一致する。)、昭和八年頃茶の木を堀り起してその跡にからたちの木が植えられ、そのからたちは後記のとおり原告会社が右土地の整地をするまで存在したこと、

(六)  従前の「境界線」については当時の関係土地の所有者である富樫秀雄、長池暢夫および茂原市の間において争いがなく、右「境界線」は現在別紙〈省略〉第一図面T6-(ヘ)-TA-TB-T25-(チ)-TEの線(境界線と表示した部分)に該当し、昭和二十五年に訴外大多喜が鉄道引込線敷地を買収した際、富樫秀雄、訴外大多喜および長池暢夫の土地管理人村上道訓の三者が立会いの上現場で右「境界線」を確認したこと(右「境界線」はT25に国鉄が設置した境界石があり、T25-TB-TAの線は前掲の池との高低差によつて判然し、T6には市道の境界石があり、TA-T6間には前掲からたちの並木、TAには梅の木があり、又TE-(チ)間には約三尺位土盛された土手様のものが残されていた。)、

(七)  原告会社は昭和三十年九月頃から工場建設のためその所有土地の整地作業を始め、ブルドーザーで土をならして前掲の池を埋め、からたちの並木や梅の木も伐採して全部の土地を平坦にしたが、被告占有中の土地との境界(TB-TA-T16の線)は約二尺の高低差を生じたこと、

をそれぞれ認めることができる。もつとも成立に争いのない乙第三、第四号証の各一、二(当裁判所昭和三十年(ワ)第三九号事件の証人谷口末吉の証言調書ならびに本人小西孝信の供述調書)および証人皆川政次の証言によると従前の池はTA-TBの線よりも更に北方に相当距つた場所にあつたかの如くであるが、検証(第一回、第二回)の結果によるとTA-TBの線から直ちに池(と認められる部分)の傾斜が始まりその上を埋め立てた部分と土質が明らかに異なる事実を認めることができるので(被告会社工場の煙突支線のたん木が若干TA-TB線の北方に進入した地下に埋没されている事実はあるが)、右証言等はにわかに措信することができず、他に前記認定を覆えすに足りる証拠はない。被告は従来から本件土地を占有使用してきたもので、これについて訴外大多喜から異議を述べられたことがないと主張し、乙第三、第四号証の各一、二によれば本件土地内にあつた池に被告が硝子屑やごみを捨てていた事実が窺われ、又前記のとおり煙突支線のたん木が本件土地内に存在している事実はあるけれども、これによつて被告が本件土地を占有していたものと認めるに足らず、他に被告が本件土地を占有していたことを認めるに足りる証拠はない。

四  そこで甲第四号証、第十四号証の各公図と甲第五号証の一の実測図とを比較するに、一画の土地全体の形態、国鉄線および引込線各敷地の形態等(ただし、甲第十四号証の公図は引込線敷地分筆前のものであつて引込線は表示されていない。)は極めてよく類似しているが、公図にあらわれた二七九二番の三の土地をそのままの関係位置で実測図にあてはめて見ると、被告が現に占有する青斜線部分のほか赤斜線部分(本件土地)をも包括するかのように見える。しかして右甲第十四号証の公図を甲第五号証の一の実測図と重ね合わせて見ると他の部分はすべて合致し、ただ二七九二番の三のみが違つており、二七九二番の三の部分で重ね合わせると他の部分全部がくいちがつてくる。又甲第四号証の公図において訴外大多喜の所有で引込線の敷地となつている二七九八番の三、二七九六番の一九、二七九五番の四、二七九三番の四をそのまま延長して考えると、右引込線は原告所有の二七九二番の一の土地の東北隅の一部を通過することになるが、現実には右引込線が原告所有土地を通過していないことは前段までに考察したところにより明らかである。そうすると公図における二七九二番の三の土地の表示が誤つていると見るほかはないのであつて、甲第四号証の公図における引込線敷地分筆線は元来二七九二番の三の土地の表示が誤つているのに合わせて厳密な測量にもとづかずに記入されたものであると推認される。およそ公図に表示された地形地積が実測と相違し、公図が単に一画の土地の関係位置を示すにすぎない場合の少なくないことは顕著な事実であつて、証人吉野央の証言および前掲甲第十一号証によると、公図と実測とが相違する場合、関係土地所有者全部の合意によつて公図訂正の申請ができるものであり、本件においても右申請の前提として昭和三十年十一月二日、茂原市長松本紋四郎、長池暢夫土地管理人村上道訓、富樫秀雄、原告および訴外大多喜の間において実測による現境界線を「境界線」とすることに異議のない旨の書面を作成した事実を認めることができるから、前記公図をもつて二七九二番の三の土地の範囲の判定につき決定的の資料とすることは困難であると考える。又成立に争いのない乙第二号証、前掲乙第三号証の一、二によると、被告が二七九二番の三の土地の使用を開始するにあたり訴外大多喜の用地係福島新作から図面(乙第二号証)を交付され、被告の主張する範囲の土地が目的土地であるかのような指示を受けた事実を窺うことができ、右図面を現地にあてはめて見ると二七九二番の三の土地が被告主張のとおり本件土地までを包含するかのように見えるのであるが、成立に争いのない甲第十六号証(側線用地買収及び補償費の件と題する訴外大多喜作成の図面)に証人福島新作の証言を総合すると乙第二号証の図面は右甲第十六号証の図面にもとづいて福島が作成したものであることを認めることができ、右甲第十六号証は前掲各公図にもとづいて作成されたものであることは両図面を対照することによつて容易に肯認されるところであるから、右乙第二号証又は甲第十六号証をもつて同様の資料とすることは到底できない。

五  以上を総括するに、訴外大多喜所有にかかる二七九二番の三の山林八畝二二歩は被告が現に工場敷地として占有する別紙〈省略〉第一図面青斜線部分と一致する(証人吉野央の証言により真正に成立したものと認める甲第五号証の三によれば、右被告占有部分の面積が三〇二坪であり公簿上の面積八畝二二歩を超過する事実を認めることができる。)ものであり、その北方に接続する本件土地は原告の所有であると認める。被告は本件土地が原告の所有であるとしても、その地番が明確でない以上登記がない場合と同一であるからその所有権を否認するというのであるが、被告が本件土地を訴外大多喜から本件土地を賃借したものであるとしても、訴外大多喜において本件土地の所有権を取得したものでない(少なくとも本件土地につき従前の所有者から原告又は訴外大多喜に二重譲渡された場合にあたらない)から、被告が原告との関係で本件土地につき有効な取引関係に立つものでなく、被告は登記欠缺の抗弁を主張し得べきものでない。

六  次に原告が第三者異議訴訟を提起する利益を有するかどうかについて審按するに、およそ第三者異議の訴は執行行為によつて目的物に対する自己の権利行使が侵害される場合そのような執行の排除を求めるものであつて、その対象となる執行行為はすべての財産に対する執行、又すべての債務名義にもとづく執行、例えば仮差押、仮処分にもとづく保全執行をも包含し、又執行行為が他の理由から執行法上すでに違法なため異議又は抗告をすることのできる場合でもこの訴を妨げないのであるが、本件において対象となる執行行為は債務者に対し不作為を命ずる仮処分について執行吏に公示を命じた部分に関するものであるから、これが第三者異議の訴の対象となるかどうかが問題となる。元来仮処分は裁判所がその意見をもつて債権者の申立の目的を達するに必要な処分を定めるのであるから、命令の内容は多種多様であるけれども、一般には被保全権利と仮処分理由との関係から生ずる債務者に対する命令の部分とその命令の目的を達するための処分命令の部分との結合として観念することができるのであつて、もとより一般の債務名義と同じく債務者に対する命令を掲げるのみでその命令の趣旨の実現については債務者の任意の履行にまつか又は民事訴訟法第七百三十三条、第七百三十四条以下の規定にもとづく執行命令に委ねる場合もあるけれども、通常は債務者に対する命令の目的を達する方法として執行機関又は第三者を補助者としてこれ等に対し債務者に対する命令の目的を達するに足る命令をするのである。(いわゆる占有移転禁止の仮処分においては通常この種の仮処分によつて保全されるべき目的物の引渡ないし明渡請求権保全のためにその執行の第一段階に着手したと同等の状態を作出すべく「執行吏占有および公示」の方法がとられるのであり、「占有を移転してはならない」という不作為命令は執行吏が目的物を債務者に使用させるための条件としての「現状不変更」を確実にするため補充的に発せられるものにすぎない。)このことは債務者に不作為を命ずる仮処分についても同様であり、仮処分命令が債務者に告知されることによつて命令自体は完全にその内容に即した効力を生じ(命令の送達自体は執行ではないし、又執行吏に公示を命ずることは命令の目的を達する方法としては何の意味をも持たない)、債務者がこれに従う限りは別段本来の固有の意味における執行(請求権の強制的実現という意味における執行)はあり得ないが、債務者が一旦この命令に違背した場合にはじめて民事訴訟法第七百三十三条、第七百三十四条にもとづく本来の執行をする必要が生ずるものであり、又当初から仮処分命令自体に債務者がこれに従わない場合の執行方法が定められていればこれにもとづく執行がおこなわれるのである。(いずれにしてもこの場合の「執行」が第三者異議の訴の対象となることは言をまたない。)不作為を命ずる仮処分において執行吏に公示を命ずる趣旨の条項を付することは従来実務の実際においてしばしば見受けられたのであるが、この条項が不必要かつ違法であるとしても、このような仮処分命令が発せられた場合、執行吏はこれにもとづいて執行をする義務があるから本件のように執行吏が第三者所有の土地を仮処分の目的土地であると認めて(仮処分命令自体も本件土地を目的土地として表示しているかの如くである)目的土地の範囲を明示するための処分をした上右土地上に公示札を立てた場合第三者はその土地に対する所有権の行使を妨げられることになるのは明らかである。しかしてこの公示命令の執行も仮処分の執行としてされたものであることは否むことができないのであり、これは仮処分命令の目的を達するための処分命令の執行と同一であるといわなければならない。従つてこの公示の方法が相当でないときは第三者は執行方法の異議によつて救済を求め得ると共に、第三者異議の訴によつてその執行の排除を求めることも許されるものといわなければならない。

七  又被告は原告が元来第三者異議を主張して本訴を維持しながら昭和三十二年六月十四日の口頭弁論期日において新たに本件土地が原告の所有であることの確認を求める請求を追加したことに対し請求の基礎を異にするからこのような訴の変更は許されるべきものでなく、又第三者異議訴訟が実体法上の確認の訴であるとの説に従えばこれと同趣旨の通常の確認訴訟は確認の利益を有しないと主張するが、両請求はいずれも本件土地に対する原告の所有権を請求の基礎とするもので請求の基礎を変更したものでないのみならず、右請求の追加は著しく訴訟手続を遅滞させるものでないからこれを認容すべく、又第三者異議の訴は訴訟法上の異議権を訴訟物とする形成の訴であつて異議の理由たる実体法上の関係は訴訟物とならないから原告は本件土地が原告の所有であることの確認を求める利益がある。

八  よつて原告の本訴請求はすべて正当であるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、仮執行の宣言につき同法第九十六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 田中恒朗)

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